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執筆者の写真k-kunst

お話と音楽の夕べ

2007年4月

アフガニスタンのためのチャリティーコンサート


「私は世界中の人に、私の国の人々と社会を見てほしい。

そして誰でもそうであるように、アフガニスタンの人々もよい人生を望み、

世界の一員でありたいと願っているということを知ってほしい。


私は世界中の人に知ってほしい。

アフガニスタンの子供たちは、どんなに困難な状況の中でも、

少しでもよく生きたいと常にベストを尽くしているということを。」


                             マサド・ホサイニ

  

Profile

飯原 道代 (朗読)

桐朋学園演劇専攻科卒業後、俳優座を経て現在に至る。‘93年より演劇活動の傍ら、詩と音楽の試み「ことばうた」の創作を開始、様々な器楽奏者との共演を続けている。新劇俳優協会第2回及び第3回「詩の朗読 MINI FESTIVAL」において最優秀賞受賞。平成16年度文化庁国内研修生として音声訓練表現の方法と実践を学ぶ。


白井 篤 (Violin)

桐朋学園大学卒業。‘99年、NHK交響楽団入団。’03年、アフィニス文化財団の海外研修員としてウィーンに1年間留学、アレキサンダー・アレンコフ氏に師事、同時にソリストとしてモスクワ現代音楽フェスティバル等、各国で積極的に演奏活動をおこない好評を博す。現在、クァルテット・リゾナンツァ1stヴァイオリン、室内オーケストラ「アルクス」メンバー、NHK交響楽団2ndヴァイオリン・フォアシュピーラー。国立音大付属中学校及び高等学校非常勤講師。


海野 幹雄 (Cello)

桐朋学園大学ディプロマコース修了。その後洗足学園大学ソリストコースにおいて更に研鑽を積む。第20回霧島国際音楽祭特別奨励賞、第14回川崎市音楽賞コンクール最優秀賞、併せて数々の副賞を受賞。第12回全日本ソリストコンテストグランプリを受賞。また、近年は編曲家としても高い評価を得ている。これまでにチェロを倉田澄子、堤剛、木越洋の各氏に師事。東京フィロスクァルテット、アンサンブルデュミナス、室内オーケストラ「アルクス」メンバー。


海野 春絵 (Piano)

桐朋学園大学音楽部演奏学科ピアノ科卒業。同大学研究科にて研鑽を積む。第45回全日本学生音楽コンクール東京大会中学校の部第二位。第22回ピティナ・ピアノコンペティション特級の部グランプリを受賞。また、伴奏者として読売新人演奏会、演連コンサート等に出演。日墺文化協会フレッシュコンサートにて最優秀共演者賞受賞。これまでに狩野美紀子、深沢亮子、上野久子の各氏に師事。現在、後進の指導の傍ら、主に室内楽伴奏者として活動している。


川崎 けい子 (写真)

保健、福祉、環境、国際問題、歴史等の分野を中心にした、教養・教育ビデオ等の脚本、及び演出家。また写真家、ジャーナリストとしても活躍。代表作に、ドキュメンタリー映画、あるアフガンの家族の肖像「ヤカオランの春」等がある。


渡辺 喜美子 (ストーリー構成)

在独中、独日文化フォーラム「ヒューマネット」副代表として様々な国の人と交流を持つ。帰国後、多くの写真展やコンサートを企画する。



アフガニスタン・オムニバス


*********


私の恋人は緑色の目をしていた。

その目はいつも不確実な約束をした

その目は彼の唇が私の唇に夢中になるときに閉じた

それは魔法の瞬間


私の恋人は強い手を持っていた

大きな爪と柔らかな爪の先

激しい情熱で私に触れ

時には子供じみた好奇心で私を抱擁し

そしてそれは、私の中に大きな悲しみを引きおこした


私の恋人は大きな心を持っていた

この世界を愛し、憎しみを嫌う彼の宇宙と同じ位


彼を思って泣くとき、その宇宙の大きさは私の心をしめつける


私は 

彼の終わりの来ない夜の闇に 

雨を降らせる


(アフガニスタン・マガジンより)


************


昆虫の子


カブールのバザー通りで、私は埃にまみれた小さな男の子を見た。

腰に巻いた灰色のごみにまみれたボロのほかは裸だった。

体全体がごみと埃にまみれていたので、

その子は道の砂や瓦礫とほとんど区別がつかない程だった。


子供には骨と皮だけの一本の足しかなく、それもあまりに痛めつけられすぎていて、

助けになるよりも、邪魔になっているように見えた。

足がない側の腕もなかった。もう一本の腕はただの枝のようだった。

彼は傷ついた幹を動かし気持ちを集中させ、残っている体の一部を後から引きずった。


私はボロとゴミの中から、その骨と皮の子供の姿を見出すのに苦労した。離れればやっと人間のようにも見えたが、近くで見ると大きな昆虫のようだった。半分つぶれているが生きている大きな昆虫だった。半分死んで横たわり、半分生きて足を引きずっていた。


わたしは彼の目をみた。それは本当に美しく、黒く、優しく笑う目で、

私に微笑みをくれた。世界で一番美しい微笑み。

わたしはパンを買いちいさくちぎってその昆虫の子に食べさせた。


昆虫の子供はごみをあさっているときにおもちゃの地雷を見つけた。子供のために作られた地雷だ。だが本物の地雷だ。昆虫の子は缶を見た。それはとても美しくピカピカと反射していた。とても光り、きらきらしているので彼はどうしてもそれを開けて中に何が入っているか見たくなった。爆発の大きさはそれほどでもなかったが、それは彼の両手、腕、唇をちぎりとった。そして彼を空中に飛ばした。まるで本当に飛んでいるようだった。そしてかれが地面に落ちたとき、もう一度爆発が起きて、その後のことは覚えていない。後で聞いたところによれば、彼は2個目の地雷の上に落ちたらしい。


私は彼のそばにしゃがみ、その半分の額にキスした。

「あばさんは僕がいままで見た中で一番美しい人だ。」と昆虫の子供は言った。

「おまえは私が今まで見た中で一番美しい目をしているよ」と私が言うと、

昆虫の子供は恥ずかしがって目を伏せた。


「ぼく、おばさんにお話をしてあげる。」と言うと彼は私の方を見て話し始めた。

「一人の女の子が泉に落っこちた。そこを通りかかった男の子は女の子を見ると泉に飛びこみ女の子を助けた。女の子は御礼を言って尋ねた。なぜ、私を助けてくれたの?男の子は言った。何故かというと、もし君が死んでいくのをただ見ていたとしたら、僕の命には価値がなかっただろうからさ。何故かというと、君と僕は何も違わないからだよ。なぜかというと僕たちは神様に造られたもので、なぜかというと、僕たちのうちの誰かが死ぬということは、僕たちの一部が死んでいくということだからだよ。」

「いいお話だこと。おまえは本当の語り部だよ 」私がそう言うと男の子は「そうなんだ、僕はそうやってお金を稼いでいるんだよ」そう言って嬉しそうに笑った。

そして彼は傷ついた幹を動かし、残っている枝のような腕と足を引きずり、たくさんの布と足の間を通ってバザーのほうへ消えて行った。


(「シリン・ゴルの物語」現代人文社より)

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